TEO Side Story TEO Side Story
last updated 1997/09/12

第120話(全130話)

オアシス(3/4)




 上空で星が盛大に瞬きながらゆっくりと旋回していた。しかしそれは星空ではない。ドンロ
ンだ。あの巨大な外輪船が上空に浮かび上がり、星空よりもきらびやかな電飾をきらめかせて
いる。それは星空を切り取って、ゆっくりと大空を回転させているかのように見えた。夜空を
圧倒するほどの威圧感で、ドンロンはマリカたちを見下ろしていた。
 ピートは茫然となった。フィンフィンもあんぐりと口を開けている。ケンプは敵意を剥き出
しにして唸っており、ワーターは怯えていた。パピロだけが何だか嬉しそうに「すごいね!」
と目をキラキラさせて手を叩いていた。
 こんなまやかしが現実に作り上げられるなんて、確かに「すごい」とピートも思う。凄いの
は確かだけど、同時に「酷い」とも思う。どんな技術であれ、どんな罠であれ、誰かを心から
安心させ、くつろがせた挙げ句にドンッと落とし穴に突き落とすような真似は絶対にしちゃい
けない。人の心をそんなふうに弄ぶ自由など誰にもない。ピートはそう思った。心を許し、信
頼を寄せようとしていた相手に裏切られたマリカにしてみれば、こんな壮大な仕掛けなどいら
なかったはずだ。ただ真実を口にすれば、それだけで、彼女の夢の場所は跡形もなく消え去っ
たはずだから。マリカの喪失感を思いやって、ピートは体を起こすと、彼女のほうに顔を向け
た。マリカはルーワンを睨み付けていた。まやかしを作り上げた機械ではなく、まやかしを囁
いたルーワンを睨みつけていた。
 マリカはもう周囲を見回すのはやめた。見回せば、動揺していると思われる。罠にかかって
、ケダック城の懐の中へ飛び込んでしまったことに心を乱していると思われる。そんなふうに
見下されるのは、マリカのプライドが許さない。
 マリカは目の前に立つルーワンだけを睨みつけた。一切の心の揺れを捨て去り、ルーワンを
みつめることだけに気持ちを集中させる。すると、落ち着きが戻ってきた。どのような環境に
放り込まれようと、どれほど沢山の敵に囲まれていようと、動揺する必要はない。常に目の前
の敵ただひとりに気持ちを集中させ続ければいい。戦う相手はいつだってひとりなのだから。
 マリカが砂漠の立体映像に心を揺らしたのは、ほんの一瞬だけで、すぐに冷静さを取り戻し
、目に闘志を漲らせて行くさまを、ルーワンは感心したようにみつめていた。
「さすがはマリカ姫。噂通りの気丈さだね」
「あなたは嘘をついたのね」
「確かに。ぼくはシヘルス国の王子ではない」
「そんなことはどうでもいいの。あなたがどこの国の誰であろうと、そんなことはあたしには
どうでもよかった。あなたはエルモの森へなど来てはいなかったのね?」
「きみがぼくにエルモの森の近くにいたと言って欲しそうだったから、そう言っただけだよ。
騙すのなら、相手に気に入ってもらわなきゃならないからね。相手の望む答えを口にしてあげ
れば、誰でも騙すのはたやすいのさ」
「それが、ケダックのやり方なの? 剣の腕を磨き、心を鍛える代わりに、ケダックでは人を
騙し、陥れる方法を学ぶの? そして憶えるのは機械のスイッチを入れるタイミングだけ?」
「ケダックは常にひとつのことだけを学ぼうとしている。最小の力で最大の効果を引き出すこ
と。ケダックが機械化を進めるのは余計な無駄を省くためだ。あなたを騙すのも、あなたを無
理矢理捕らえるよりも、自ら進んで同行してくれたほうが、余計な労力を使わずにすむからで
す」
「無駄を省くためなら、人の心を弄ぶと?」
「説明はします。説明を聞かれれば、あなただって納得してくれるはずです。だが、貴方はす
ぐにそうやって剣を構える。無駄な力ばかりふるおうとする。ですから仕方のない選択でした
」「ならば、説明を聞こう」
 マリカは言った。余計な無駄を省くためなら、自然の法則をないがしろにしてでも機械化を
進め、人さえ欺く。それがケダック流のやり方なら、マリカとの接点はひとつもない。マリカ
は知っている。自然の法則というものほど無駄のない完璧なシステムは他にないと。人間の目
から見て、一見無駄で無意味なように見えるものでも、じつは大きな自然のサイクルの中で、
いちばん効率良く命を巡らせるために作り上げられたシステムの一部なのだ。そういうことを
マリカは知っている。だから自然をないがしろにして、機械化を進めるのは、じつはいちばん
効率の悪いことなのだと、このルーワンに説いても聞く耳は持たないだろう。機械は目先の利
益だけを優先する。十年、百年、千年の単位で計る効率の良さなど、機械には組み立てられな
い。それを組み立て、遥かな未来を臨むことが出来るのは、ただビッガイの大きな目と人の心
だけだ。
 そういうことをマリカはルーワンに言ってやりたかった。しかし言わない。言ってもいまさ
ら納得などしないだろう。納得するぐらいなら、そもそも莫迦みたいに巨大な外輪船などを作
って悦に入ったりはしていないはずだ。だからルーワンに自然の理を説くのは時間の無駄だっ
た。無駄で余計な説教だった。それがわかるから、マリカはルーワンに説明を促す。どんな理
屈があれば、あたしの心をひっかき回すような正義が導き出せるのか、ぜひとも説明してもら
いたいものだ。
「テオのためです」
 ルーワンは言う。
「テオ?」
 マリカが訊き返す。
「あなたはドンロンのモネット大佐に逢われた。そこで協力を要請されたはずです。テオを救
うために力を貸して欲しいと」
「テオの星読みが、このテオに危険が迫っていると予言した、とは聞いたわ。だから危機への
予兆となるものを集め、どんな危機が起ころうとしているのかを調べたいのだと」
「なのに、あなたは逃げた」
「星読みの勝手なたわ言を理由にして、あたしやほかの生き物たちの自由を奪う権利はあなた
たちにはないわ」
「権利はあります。わたしたちもあなたもほかの生き物たちも、すべてテオの住人なのですか
ら。民が国の戦に参加するのと同じです。あなたたちにはテオのために協力する義務がある」
「まず引っ捕らえて、その上で協力を押し付ける、というやり方が間違ってるのよ。もし本当
にテオのためになるなら、あたしだってほかの誰だって身を捧げるでしょう。けれど、正しい
ことなのだから従えと命ぜられたら、それは反発を招くだけです」
「あなたはそれが正しいことでも、押し付けられると取りあえず反発する、という子のようで
すからね。そうやっていつも教育係のロボットを困らせていると、報告の中にありました」

(つづく)




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